昨夜、声を出すのに苦労する夢を見た。

普段通りに声を出したいのに、小声程度の声量で精一杯。うまく会話もできない、自分の名前も言えない、それが凄く悔しく感じて、一生懸命リハビリに励んだ。声を失う辛さを痛感すると共に、声を出せる喜びを実感する夢となった。

私は声が主役の仕事をしているわけではない。歌手や声優は私以上に辛いはず。でも私も日蓮正宗信徒として唱題させて頂いている身であるから、声(喉)は大事にせねばと思う。

また、喜怒哀楽は筆談やメールでは伝わりにくいし、伝えるまでに時間もかかる。

ブログは文章力が大事だけどね。

私の場合、思ったことを言葉に表現するのに考え込むことが多い。会話も文章も共に、自分の思いを表現するって難しい。説得とか説明とか凄く苦手意識が強い。

それでもこうやってブログ書いているのは、自分の思いを多くの人達に拡散したいから。ちなみにこのブログ、有料のレンタルサーバーとドメインを使っている。検索エンジンで表示されるように、自分の伝えたいことが必要な人達に届くようにという思いから。

このブログが折伏ブログになっているのかは私には分からないけど、日蓮正宗のことを少しでも知ってもらいたいと思う。

このブログは、教学(仏法の知識)の話よりも私自身の体験の方がメインになっているけど、私は、道理・文証よりも現証を伝える専門でいく。

教学あることに慢心したらいかんし、教学を伝えるにしても、子供にも分かるように伝えたいし、教学は、それぞれの知能に合わせて学んでいけばいいと思う。

「唱題(御祈念)根本に成仏(幸福)を願う」、そして、そこで得た「歓喜」を周りに伝える、これが信心だと思う。

難しい教学を伝えようとするから折伏を難しく感じてしまう場合もあるけど、最終的な判断は、折伏側の歓喜と慈悲の熱意じゃないだろうか。

もっと「信心はシンプル」でいこう!!

「南無妙法蓮華経」と唱えられるだけでありがたい(感謝)!!

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