正しい信心が必要な理由

なぜ信心をしなくてはならないのか、それは、様々な苦悩の原因を断ち切って幸せになるためである。

もし、日蓮正宗の仏法を信心して生きるなら、様々な困難を真正面から解決でき、歓喜の人生を送れるようになっていく。しかし、日蓮正宗の仏法を信じようとせずに背けば、様々な不幸を招く根本原因となり、苦悩の人生を送ることになる。

宗教というと興味の無い人の方が多いと思うけど、それでも葬儀などの法事も宗教だし、クリスマスや初詣といった行事も宗教である為、実際、宗教と無縁で過ごしている人は少ない。(憲法で信教の自由があるとはいえ、宗教を好き嫌いで考えるのは残念なことである。)

どこかで信心するなら、正邪(御利益があるかないか)で選んだ方が良い。それは生きている人間だけじゃない。亡くなった人(先祖)に対しても同様である。先祖代々の宗派といっても、先祖が選んだところが間違っていたら(御利益ないなら)、むしろ正しいところに改宗することが先祖供養になる。宗教は人生の地図であり、常に最新で正確な地図は日蓮正宗だけである。

人間は完璧じゃない。先祖の信じたものが正しいとは限らない、いつも親や先生の言うことが正しいとは限らない。もしかしたら嘘なのかもしれない、もしかしたら偽物なのかもしれない。

また、ほとんどの人が、自分自身の命に危険が迫れば助けを求めるものだけど、人(家族・警察・医者など)に助けを求めても、何となくの神や仏に助けを求めても、不安の方が強いはずである。でも日蓮正宗の仏法は違う。本気で仏法を信じている人は、不安よりも安心の方が強い。日蓮大聖人様が助けてくれる、守ってくれる、という確信があるからこそ、心に余裕がある。

ということで、これから仏法の話も積極的に当ブログで伝えていきたいと思う。

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