「正しい道を進むか」「道に迷うか」選ぶのはあなた次第

日蓮正宗は、日蓮大聖人様の仏法を信仰すると功徳があり、仏法を信仰しなければがあると言っている。罰があると言うと「脅迫・強要」とか「暴力宗教」と思う人もいるだろう。

私が顕正会を不信に思ったのはそういうところでもあった。顕正会にプライベートの時間はない。活動しなければ罰がある、何度もそう幹部に言われ、何度もそのことで反発してきた。

私は、信仰は自発的(任意)にするものだと思う。強制されて信仰したって、ありがたくもなんともない。日蓮大聖人様の仏法はありがたいものである。

顕正会は、日蓮大聖人様(仏様)を信仰しているのではなく、浅井会長(人間)を信じているだけの「浅井教」である。創価学会も同じ、日蓮大聖人様じゃなく、池田会長を信じているだけの「池田教」である。

私は、日蓮大聖人様を選んだから「日蓮正宗」に入った。私は、日蓮大聖人様の仏法がどんなものなのか、何故ありがたいのか、それを伝えていくだけである。

つまり、正しい道を教えているだけである。それに素直に従って信心する(幸福になる道を進む)か、それを疑って道に迷う(不幸になる道を進む)か、それは個々で判断すべき課題である。

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