「闇の集団」消滅の為に

最近私は、「正しい信心が必要な理由(わけ)」という書籍を基に、なるべく分かりやすい表現に変えてみて、ブログの記事を投稿しているけど、私自身、とても勉強になっている。

日蓮正宗の仏法の話をすると、「悩みはないから必要ない」とか「幸せだから必要ない」とか言う人がいる。

でも意外とそういう人は、常日頃、愚痴ばかりを言っている人である。

悩みを悩みと認識できないぐらい、悩んでいる状態が当たり前の(悩みという感覚に麻痺している)状態で、不幸の極みといっても過言ではない。

そして、周りとの会話のネタは愚痴や悪口ばかりという日々を送って自己満足している「闇の集団」が出来上がるわけである。

まともな人なら、多分その環境は苦痛(不快)でしかないはずなんだけど、それを普通に感じて仲間入りしている人は、もう闇の世界に入ってしまっている。

人生は楽しいことばかりじゃなくて、苦しいこともあるわけだから、愚痴を言いたくなる気持ちも分かるけど、でもそれが当たり前になってしまったら、「私は幸せです」と言っても、全く説得力ないし、むしろ凄く無理しているようにしか見えない。

私も愚痴を言うことはあるけど、なるべく愚痴は言わないように意識して気を付けている。何故なら愚痴を聞かされる側が凄く疲れることを知っているから。

私は愚痴禁止とは言わないけど、愚痴で盛り上がるなんてことは異常なことであり、だから私は闇と表現したわけである。

もう悩みを悩みと認めて、その悩みを切り開いていく為にも、日蓮正宗の仏法で真の幸福を獲得すべきである。

私は今現在、たくさん悩みがあるけど、仏法の力を借りて解決できると信じているから、安心して「私は幸せです」と答えることができる。

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