自分自身の生命状態が環境を投影している

日蓮正宗の仏法を信じる人は、環境が自分の生活を守る働きになり、仏法を信じない人は、環境が自分の生活を破壊する働きになる。

諸天善神(神)は、南無妙法蓮華経を主食(法味)として人々を守護していた。しかし、多くの人々が日蓮正宗の仏法を信じることなく、南無妙法蓮華経と唱えない。だから諸天善神は法味に飢えて天上界に帰ってしまい、その代わりに悪鬼・魔神が神社に棲むようになり災難を起こすようになった。よって、今の神社でどんなに祈っても、悪鬼・魔神によって心身を乱される結果となる。

しかし日蓮大聖人様が、正しく仏法を信じる人を守護するように諸天善神に申しつけている為、仏法を信じる人は生活が守られ、逆に仏法を信じない人は、諸天の怒りによって罰を受ける。仏法に偶然はない。

ちなみに、神様と仏様を同じような存在と思っている人もいるだろうけど、実は役割が全く違う。「神様とは人々を遠くから守る存在」で、「仏様とは人々を正しい道へ導く存在」である。

人は常に行動を選択して生きているけど、正しい道(幸せになる道)を選ぶ判断力は、仏法を信じることによって身に付けることができる。どの学校・会社に入るか、誰と一緒にいるか、何を買うか、何を食べるか、全て必然である。

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