信じるか信じないかはあなた次第

最近、当ブログは仏法の話が中心になっている。確かに、多くの人が宗教に興味がないことも知ってるし、多くの人が特定の宗教に束縛されるのは嫌だと思っていることも知ってる。それでも敢えて、こうやって仏法の話をし続けているのは、日蓮大聖人様の弟子だからである。といっても、私はただの凡夫(ただの人)である。

誰かに貢献したい、多くの人を笑わせたい、その結果、誰かに認められたい、褒められたい、そして縁があって、仏法を実践している(日蓮正宗信徒になった)、その後、幸せになってきた、ただそれだけである。

何度も私は、この世は濁っていると痛感し、何度も人生なんかやめたいと思った。戦争・テロ・いじめ・殺人・虐待といった人間の醜さを見かけるたびに、人という生き物が本当に嫌になるけど、私は何か理由あって生かされている立場である。

日蓮正宗の仏法は、人の心身を浄化することができる。だから、泥水の中に咲く蓮華のように、周りの濁りに染まることなく、自分自身を美しい花にすることができる。そんなことができるのは日蓮正宗の仏法だけである。

もしくは、人というのは宝石の原石といってもいい。一生懸命、原石を磨いて(一生懸命、南無妙法蓮華経と唱えて)、美しい宝石にしていく。信が深まる程、輝きも増していく。日蓮正宗の仏法は、そんな素晴らしい生命の法則なのである。

この宇宙一の仏様(日蓮大聖人様)が悟られた仏法を、信じるか信じないかはあなた次第!

【信心とは?】

  • 嫌々無理にするものではない。
  • 他人に強要されてするものではない。
  • 折伏する(仏法を伝える)ことは功徳(御利益)の報恩、常に感謝の心を持とう。
  • 自分自身に歓喜の体験があってこそ、他人にも堂々と勧められる。
  • どんなに誹謗されても慈悲を持ち続ける忍耐力と、幸福な人生へ導く(育成する)責任を持とう。
  • いかなるときも唱題根本(常に南無妙法蓮華経と唱える)、自分自身の心に仏様の心を宿す(自分と仏を一体にする)。

日蓮正宗の仏法は、未だに人類が解明していない宇宙の仕組みを説いている。だから、難信難解(信じることも理解することも難しい)なのである。

何故そこまで言う素晴らしい仏法が未だ広宣流布(世界中に普及)していないのか?

それは、少し信心しただけで幸福になれないと諦めた人(その人達の言葉を信じる人)と、諦めずに信心して幸福になった人達(その人達の言葉を信じる人)がいるということである。

人が変わるのには時間がかかる。体の細胞が新しくなるのも、心が成長するのも、時間がかかる。でも人は、「すぐ」を求めたがり、「すぐ」手に入らないと簡単に諦める。
日蓮正宗の仏法は、種を植えた瞬間に花が咲くわけではないように、一生懸命、南無妙法蓮華経と唱え続けることで幸福になれるのである。

改めて言おう。

この宇宙一の仏様(日蓮大聖人様)が悟られた仏法を、信じるか信じないかはあなた次第!

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