常識は進化する

天動説が信じられてた時代は天動説が常識だった。でも実際は地動説の方が正しく、常識は変わってしまった。しかも今の歴史の教科書では、聖徳太子ではなく厩戸皇子(うまやどのおうじ)に変わるなど、歴史については私が過去に学校で習った内容とだいぶ変わってるようである。

今ある常識も、またいつ変わるか分からない。どんどん文化は進化し続けてる。しかも未だに宇宙のことは数%しか解明されてない。だから今はあり得ないことも、未来ではあり得ることになってても不思議なことではない。

日蓮正宗の目指してるところは「広宣流布」である。全人類を慈悲のある純粋な人間へと変えて、誰もが幸福である世の中を作るという信仰革命である。病気や人間関係などの悩みだけでなく、さらに戦争や飢餓の無い平和な世の中を目指してる。

人間は煩悩の塊と言ってもいい。楽をしたい、見栄を張りたい、そういう気持ちを持ってても仕方ない。しかし、あまりに煩悩が強すぎると争いが起きてしまい、当事者だけじゃなくて無関係な周りまで巻き込んでしまうこともある。

自分が加害者にならないように気を付けることはできるかもしれないけど、被害者にならないようにするのはもっと難しい。誰もが加害者にならないようにするにはどうすればいいのか?

  • 法律を厳しくする。
  • 教育を変える。
  • 政治を変える。

これらは完璧な解決策ではない。どんなに悪意が無くても、アクセルとブレーキを踏み間違えてしまえば、誰もが一瞬で罪人になる可能性があって避けることができない。つまり、人間の浅知恵(人力)では、世界平和は不可能100%なのである。

だからと言って、諦めてしまうのか?だからと言って、加害者や被害者になる覚悟はあるのか?

自分さえ良ければいい、日本さえ良ければいい、そう思う人がいる限り、誰もが人生を幸福に過ごすなんてことは綺麗事の極みである。

日蓮正宗の仏法は、宇宙スケールである為、難信難解(信じることも理解することも難しい)ではあるけど、人力で無理ならば仏力に頼るしかない。もちろん一瞬で人間が別人のように変わることはない。仏道修行で心を磨き続けて、その修行の努力が報われたとき、その人は幸福になることができるのである。

そうやって、一人一人がどんどん変わっていけば、国も変わっていき、世界に良い影響を与える。顕正会は数年で広宣流布すると予言してるけど、いつ広宣流布するかは仏様にしか分からない。100年後かもしれないし、500年後かもしれない。ただ、日蓮正宗は広宣流布を目指し、それぞれが仏道修行に励んでるわけである。良い方向に自分を変えて、他人や国を変える為に、自分達の生きる時代では広宣流布が実現しなくても、日蓮正宗は広宣流布するまで仏法のことを伝え続けるだろう。

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