用心深いだけでは何も始まらない

「石橋を叩いて渡る」という言葉があるけど、叩いてばかりで、それから石橋を渡らなければ、叩く意味もない。

宗教に対して偏見があるのも分からなくもないし、用心深くなるのも当然のことである。確かに仏法は理解し難いところもあるけど、日本人は宗教に無知すぎる。何も知らなければ肯定も否定もできない。学ぶしかない。体験するしかない。

【頭】で分からないなら【心】で感じればいい。

私は、幼い頃から宗教と関わってきたと思う。宗教が経営する幼稚園と高校に通学(通園)したり、間近で親族の愚痴を見聞きしていた法事も嫌いだった。

ずっと、自分は宗教に引っかかっていた気がする。ずっと、誰かの救いを求めていた。ずっと、誰かに助けてもらいたかった。

だからではないけど、顕正会に入って、日蓮大聖人様のことを少しだけ知れて、今は日蓮正宗の信徒である。

そんなに教学はないけど、日蓮正宗の正しさを実感している。自分の五感だけじゃない。それ以上の感覚で日蓮正宗の素晴らしさを実感している。

用心深いだけでは何も始まらない。何も真実を知ることはできない。答えを見つけようよ。

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