バラバラのように見えて実は1つ

仏教には膨大な量の経典があるけど、法華経を中心に見てみれば、全ての経典が1つの法門の一部分を構成している。つまり、仏教全体が矛盾なく1つの壮大な法門(一念三千の法門)を説いていることが、仏教が全て釈尊の説であることの証明となっているわけである。

しかし、仏である釈尊が説いた教えだから正しい、ということではなく、その教えが実際に優れていて、釈尊はそのような優れた教えを説いた方であるから仏として尊敬する、というのが仏教の基本姿勢である。

それから法華経は、釈尊在世の衆生を救うことと、釈尊滅後(末法)の衆生を救う本仏が出現するという予証、この2つの目的をもって説かれている。その本仏というのは、釈尊が予言した迫害を身をもって証明した日蓮大聖人様のことである。よって、末法という現代に生きる我々を救うことができるのは、「日蓮大聖人様」だけなのである。

仏教だけでも様々な宗派があるし、日蓮大聖人様を仏とする宗教団体も複数存在する。しかし、日蓮大聖人様の教え(仏教の真実の教え)をずっと守り続けているのは、道理・文証・現証からも「日蓮正宗」だけなのである。

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