生きる意味は恩返しすることだと思うんだ

きる意味は、「恩返し」することだと思うんだ…

生きる意味、数多くの人が考えたことあるかと思う。そして、答えを見つけたり、探している最中だったり、答えも1つとは限らないし、正解とかあるのか分かるものでもない。

ただ、人は誰しも生まれたときから誰かの世話を受けている。

生まれたばかりの赤子が、自力でミルクを飲んだり、自力でオムツを交換したり、ありえないことであるように。

世界には、狼に育てられた人も実在するけど、それもその狼がいなかったら、その人は生きることができなかった。

家庭の事情により、施設で育てられたとしても、そこのスタッフがいてくれて存在できているわけで、誰もが両親、もしくはそれに近い存在に、生かせてもらったわけである。

育ててと頼んでないと思う人もいるかもしれない。でも、今が苦しくても辛くても、今までがあるのは誰かのおかげである。だったら、その誰かに恩返しして頂きたいと思う。

私自身、恩返しする前に亡くなってしまった人達もいる。だったら、故人に御供養することが恩返しになると思う。

恩返しする為に、寿命尽きるまで生き続けよう。

誰にも必要とされていないとか、自分がいなくなっても誰も悲しまないとか、自分がいると迷惑だとか、そういう思いがある人も、たくさんいるけど、先祖とか、周りの意外な人が自分のことを見てくれているかもしれない。

何気ない日常、通勤(通学)時間やいつも行くお店で、見ず知らずの人に注目されていることもある。今日あの人に会えるかな、今日はいないけど体調でも悪いのかな、とか思われている可能性もあるわけで、意外と結構、人は孤独じゃないのである。

そういう思いに気付けたらいいけどね。なかなか難しい。

今はストーカーとか詐欺師とか困った人達もいるから、警戒しちゃう人の方が多いけど、でも、そういう人達ばかりじゃないのも事実。ちゃんと、見極めたいよね。

挨拶ぐらいしかしたことのない近所の人が、災害のときに自分を助けてくれたら、驚きもあるだろうけど、嬉しいものであるはず。

意外と、自分が思っている程、孤独じゃないのである。春は、別れだけじゃなく、出会いの季節でもある。人生にも季節があるってこと。

今が地獄だろうとドン底だろうと、そんな冬も、いずれ春がやってくる。未来を信じよう。奇跡を信じよう。

生きる意味は恩返しすることだと思うんだ。

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