間違いだらけの宗教ばかりだから、宗教のイメージも悪くなる!

教は、特定の団体に所属するだけではなく、神社・寺院・教会で冠婚葬祭をすることも宗教を信仰していることになる。

我が家は、謗法(間違った宗教)を信仰している家である。だから、幼い頃から謗法の法事に参加していた。集まった親族はいつも愚痴や不満ばかりで、自分の親戚嫌いは子供のときから始まっていた。そして、いつも法事があると憂鬱な気持ちになる。

そういうわけで、元々の自分は宗教も人間も嫌いだった故に、顕正会に入ることになったときは、そんな自分を仏様が見兼ねて、「人間を信じれないなら仏様を信じなさい」、そう仏様が言ってくれた気がしたのである。

そして、日蓮大聖人様こそが本物の仏様なんだと信じることになり、うつ病を発症して顕正会を辞めた後は、自ら日蓮正宗への改宗を求めたわけである。

自分は、顕正会の浅井会長を信仰しているんじゃない、日蓮大聖人様という仏様を信仰したいんだ、そう思ったから、日蓮正宗で信仰することを選んだわけである。

人間は未熟、日蓮正宗の信徒であっても人間、だから至らないところがあっても、何も不思議じゃない。みんな修行中なんだから、短所があっても何も不思議じゃない。

臨終の問題(成仏できるか地獄に堕ちるか)以外は、全て「少々の事」なのである。これは、仏様(日蓮大聖人様)が仰せ下さった言葉だから、人間が様々な苦悩を「少々の事」と割り切るのは難しいことではあるけど。

他人の短所ばかり見てないで、他人の長所を見ようよ。しかも、同じ日蓮正宗の仲間(同志)だったら尊敬し合おうよ。

仮に、貧しかったり、不健康だったり、性格が悪い人がいたとしても、日蓮正宗の信徒が見るべきなのは、仏様(日蓮大聖人様)だから。みんな、それぞれ問題があって、それを信心で乗り越えようとしている。

海外の信徒の中には、なかなか言葉が通じない人もいる。それでも信心されているのは、宗教は理屈じゃないってこと。何か体験、感じるものがあったからこそ信心できているんだと思う。

功徳の体験があるから信じれる。正しい宗教である日蓮正宗の信仰で、宗教のイメージを変えていきたい。

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